映画「ヒットマンズ・レクイエム」は2008年に公開されたクライムサスペンス映画です。
アメリカとイギリスが資本を出資して製作された映画で、オリジナルタイトル「In Bruges」(イン・ブルージュ)ということからもわかるように、ベルギーの都市・ブルージュを映画の舞台にクライムサスペンスが振り広げられます。
監督はマーティン・マクドナー。
2004年に短編映画「シックス・シューター」を初監督し、アカデミー短編映画賞を受賞しましたが、長編作品としては、今作「ヒットマンズ・レクイエム」が記念すべきその第1作目。むしろ映画ではなく、舞台作品「ビューティ・クイーン・オブ・リーナン」「ウィー・トーマス」「ピローマン」などの劇作家や小説家としてマーティン・マクドナーを知っている人も多いかも知れません。
映画「ヒットマンズ・レクイエム」の簡単なあらすじ
今作はジャンルで言えばクライムサスペンス映画ですが、決して派手な銃撃戦が売りという映画ではなく、むしろ淡々とした人間物語に大きな魅力があるように思います。
主人公のレイとケンという二人の殺し屋のやりとりは、重苦しいハードボイルドなものではなく、シリアスな展開そぐわない軽妙な会話でむしろクスッと笑えるようなそんなユーモアが随所に散りばめれた作品。そして、舞台はクリスマス・シーズン真っ只中のベルギー、ブルージュ。まるでファンタジーのような不思議な映像テイストに溢れています。
ロンドンでひと仕事を終えた殺し屋の新人レイとベテランのケン。その身を潜め、ボスからの次の指示を待つためにベルギーのブルージュを訪れることが発端になります。
ただ、新人のレイは初めての仕事で、偶然その場にいた子供を巻き添えにしてしまったことに深い罪の意識を感じ、そのことがその後の映画の展開に深く関わってくるというユニークな構成になっています。
そしてレイの相棒であるベテランのケンにボスから届いた次の指示は「レイを消せ」というものだったのです。しかし、ケンはレイを消すどころか自殺を図ろうとするレイを思いとどまらせることで、殺し屋たちをめぐる状況が複雑に絡み合い変化していきます。
今作品は第62回英国アカデミー賞では脚本賞を、そして第66回ゴールデングローブ賞では、レイ役を演じたコリン・ファレルが主演男優賞を受賞しています。しかも、その受賞は「ミュージカル・コメディ部門」ということからも、このクライムサスペンス映画のユニークさがわかるのではないでしょうか?
殺し屋たちの感じる罪と罰、正義、倫理観。そしてケンとボスの背後に隠された人間ドラマのエピソードをも散りばめた今作品は、一種独特なマーティン・マクドナー節全開の異色クライムサスペンス映画といってもいいかも知れません。おすすめです。是非、一度ご覧になってみてください。
スタッブ・キャスト
| 監督 | マーティン・マクドナー |
| 脚本 | マーティン・マクドナー |
| 製作 | グレアム・ブロードベント ピート・チャーニン |
| 製作総指揮 | テッサ・ロス ジェフ・アッバリー ジュリア・ブラックマン |
| 音楽 | カーター・バーウェル |
| 撮影 | アイジル・ブリルド |
| 編集 | ジョン・グレゴリー |
| 役名 | 俳優名 |
| レイ | コリン・ファレル |
| ケン | ブレンダン・グリーソン |
| ハリー | レイフ・ファインズ |
| クロエ | クレマンス・ポエジー |
| エイリック | ジェレミー・レニエ |
| ナタリー | エリザベス・ベリントン |
| カナダの男 | ゼリコ・イヴァネック |
| デニス | アンナ・レー |
| ジミー | ジョーダン・プレンティス |
イヴァナチャバック・ワークショップ雑感
映画「ヒットマンズ・レクイエム」は、イヴァナチャバックが初来日した2015年のワークショップで、プレイヤーの演目として一度取り上がられている映画作品です。
このクレイムサスペンス映画を見てつくづく感じるのは、ヒットマンや殺し屋という世間の視点で見れば、いわゆるアウトローへのまなざしの深さです。
彼らを人間の温かさや正義感を持っていない「理解不可能な悪漢」としてではなく、私たちと同じように悩みを持つ一人の血の通った人間として描かれていることにとても共感しました。
何度も書いていることなのですが、イヴァナはどんな殺人者でもその役を裁いてはならないと言っています。これは、もちろん殺人を肯定するという考えではなく、殺人者もそれぞれ個人的な事情があり、それを回避するために殺人というい行為に及んでいるという心理学的な考察がベースになっています。
この世に化け物などなく、どんな悪漢でも必ず人間的な心があるのです。
ともすれば、世間では理解不能な事件が起こると、いつも理解不能である「事件を起こした人物は我々とは違う異なった生き物だ」的な意見をよくテレビなどでも散見します。排除という「見て見ぬ振りをする態度」に近い、思考停止の考え方だと思いますが、その根底には「あの殺人者は我々と同じ人間だ。自分にもそうなる可能性がある」と暗に気づいているからの過剰反応である一面もあるのではないかと思います。
俳優は、決して役を裁いてはなりません。
それをこの映画で登場人物を演じている俳優、そして監督の目線から改めて学んだ気がしています。
そのあたりの本来なら生々しい人間臭さを、中世にタイムスリップしたかのような石畳や運河、教会といった異国情緒あふれるあのブルージュの街並みを舞台装置に選んで物語を紡ぎだしたのは、さすが、マーティン・マクドナーという他ありません。
クリスマスシーズンや雪といった効果的なギミックをもうまく織り交ぜて創作した独特のファンタジークライムを見終わった後に、あのブルージュにいつか行ってみたい、そんな感想を持った不思議な映画でした。