マイケル・キートンといえば、思い出す彼の映画の代表作品とは何でしょう?

世代によって記憶に残っている映画作品は違うと思いますが、想像するに「バットマン」か「バードマン」それとも「スパイダーマン」ではないかなと思います。

いずれにしても、マイケル・キートンとヒーローものというのは、切っても切れない、そんなイメージが僕にはあります。

そして同じヒーローものでも少し毛色が違う、落ちぶれたかつてのヒーロー映画俳優を演じた「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」という映画について今回は色々と考察したいと思います。

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映画「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」

2014年に公開された映画「バードマン」(原題:Birdman or The Unexpected Virtue of Ignorance)は、第87回アカデミー賞の作品賞・監督賞・脚本賞・撮影賞の4冠を受賞。残念ながら主演のマイケル・キートンはノミネートにとどまりましたが、各国で数多くの賞を受賞した話題作でした。

映画「バベル」の監督、アレハンドロ・イニャリトゥが撮影監督エマニュエル・ルベツキ(「ゼロ・グラビティ(2013)に続き本作でも撮影賞を受賞)と共に作り挙げた映像世界は、まるで映画全編がワンカットで撮影されたかのようなカメラワークで俄然注目が集まりましたが、何よりもその題材を演じる俳優として選ばれた「マイケル・キートンの起用」が映画が成功するための最も重要な要素だったと思います。

なぜなら映画は、過去には華やかなヒーロー映画の主人公だった俳優が、ブロードウェイの舞台で復活を賭けて起死回生のチャレンジをしていく映画だからです。

夢か現実(うつつ)か、重圧に押しつぶされそうになる役者の精神的な心模様と現実が混じり合って、とても不思議なタッチの映画になっていたのは、マイケル・キートンという記号なくして、あれほど見事には表現できなかったのではないかと思います。

マイケル・キートンについて

マイケル・キートンは、1951年9月5日ペンシルベニア州コラオポリス生まれ。そのキャリアは、スタンダップ・コメディアンから始まったというのは意外ではないでしょうか?

ただ芸名のキートンが、チャーリー・チャップリンやハロルド・ロイドと並び「三大喜劇王」と呼ばれる「バスター・キートン」に由来していると知れば納得できるかも知れません。

ちなみに本名は「マイケル・ジョン・ダグラス」。本名での活動を続けるとあの名優・マイケル・ダグラスと名前がモロかぶりになるので、映画俳優組合に加入するにあたり別名での活動を選んだそう。このあたりは日本人にも一気に親近感を感じさせるエピソードかも知れませんね。

映画デビューは、ロン・ハワード監督作品の「ラブ IN ニューヨーク」(1982)

映画「ビートルジュース」に出演したことでティム・バートン監督の知己を得て、「バットマン」(1989)「バットマン・リターンズ」(1992)へ出演し、一気にブレイクし不動の人気を獲得します。しかし、バットマンシリーズへの出演はティム・バートン監督の降板と共になくなり、そこからは出演作品にも恵まれず、主演スターとしては不遇の時を過ごすことになります。

そして「バットマン リターンズ」から22年も後の2014年、見事に映画「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」で完全復活を遂げたというわけです。

それはまさに「バードマン」の主人公の設定を地でいく物語。

かつてヒーロー映画「バードマン」シリーズで主演し一世風靡した元スター俳優・リーガンは、再び復活を期してスポットライトを浴びる存在になったマイケル・キートンの物語にピタリと符号するのです。

スタッブ・キャスト

監督 アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
脚本 アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
ニコラス・ジャコボーン
アーマンド・ボー
アレクサンダー・ディネラリス・Jr
製作 アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アーノン・ミルチャン
ジョン・レッシャー
ジェームズ・W・スコッチドープル
製作総指揮 クリストファー・ウッドロウ
音楽 アントニオ・サンチェズ
撮影 エマニュエル・ルベツキ
編集 ダグラス・クライス
スティーヴン・ミリオン
役名俳優名
リーガン・トムソンマイケル・キートン
マイク・シャイナーエドワード・ノートン
サマンサ(サム)・トムソンエマ・ストーン
レズリー・トルーマンナオミ・ワッツ
ジェイクザック・ガリフィアナキス
ローラ・オーバーンアンドレア・ライズボロー
シルヴィアエイミー・ライアン
タビサ・ディッキンソンリンゼイ・ダンカン
アニーメリット・ウェヴァー
ラルフジェレミー・シャーモス
ミスター・ラス フランク・リドリー

マイケル・キートンの勇気に学ぶ

マイケル・キートンの役者人生をそのまななぞったかのような映画の主人公を演じるにあたり、俳優として彼はどのように感じたのかを想像してみると、とても面白い考察になると思います。

結果から言えば映画「バードマン」は大成功を遂げたけれど、マイケル・キートンにとっては非常に大きな冒険だったと想像します。

「バットマン・リターンズ」から20年以上もヒット作に恵まれなかった彼が一番苦しんでいたのは、どの役をやっても「バットマン役の俳優」という人々にレッテルを貼られてきたことだったのではと思います。そして、その自分の悩みをそのまま持つ映画の主人公を演じることは、自分の心が丸裸になることを受け入れることが必要だったと思います。

もし、失敗したら・・・世間はどう反応するだろう?・・・俳優を続けていけるだろうか・・・

そんな不安が過ったのではないかと思いますし、失敗作で終わっていれば、「やはりマイケル・キートンはバットマンしかできない役者だ」と世間に再び駄目押しのレッテルを貼られても致し方のないことのようにも思えます。

その思考まで緻密に計算して素晴らしい作品に仕上げた監督を初めとした制作陣の決意もすごいですが、やはりあの役で出演を決めたマイケル・キートンのその勇気に一番大きな拍手を送りたいと思います。

また、映画「バードマン」の主人公・リーガンが最大の当たり役である「バードマン」の強烈な呪縛から逃れられぬまま起死回生のブロードウェイの舞台に挑戦する姿を見る観客のひとりとして気づいたのは、自分たちが意識せず持ち続けているマイケル・キートン像という固定観念。そんな見る側の変わらぬ意識もこの映画は映し出しているようにも感じました。

監督のアレハンドロ・イニャリトゥは、マイケル・キートンの歴史と映画「バードマン」の主人公が余りにも似通っていることに関しては、あくまでも偶然であると強調していますが、映画の素材はマイケル・キートンだったことに間違いないと想像しています。ただインタビューで語っているように「小さな“バードマン”は誰の中にも存在する」というテーマ、過去の名声や成功体験から逃れられない多くの人々に勇気ある一歩の大切さをメッセージとして込めたかったのではないかと思います。

舞台上で観客に銃口を向けたリーガンの姿は、その象徴ではなかったでしょうか?

イヴァナチャバック・ワークショップ雑感

今回取り上げた映画「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」は、
イヴァナチャバックが初来日した2015年の第1回目のワークショップで取り上げられました。

イヴァナは常々、俳優たちに「自分を曝け出す勇気」、そして「リスクを取ること」を求めます。俳優は自分の内面にある「世間ではネガティブにとられる過去の実体験やトラウマ」さえも裸になってさらけ出すことが、俳優の俳優たるべきアーディストの姿勢だと考えているのだと思います。

だからこそ、マイケル・キートンの「バードマン」が第1回ワークショプの8組のプレイヤーたちの演じるシーンのひとつに含まれていたのではないかと想像します。

改めて映画「バードマン」の考察をしてみて、やはり俳優力というものの素晴らしさを感じられました。そして、マイケル・キートンの勇気、変化を恐れない姿勢から多くのことを学べるのではないでしょうか?

あなたにも「もうすでにその俳優力が備わっている」。僕はそう信じています。是非、曝け出す勇気、変化を求めてチャレンジする日を心待ちにしています。

そういえば、これは僕がイヴァナチャバックの認定コーチ試験の際、演じた役柄であることも思い出しました。自分の中の”小さなバードマン”と向き合うはとても怖くて、イヴァナから叱咤激励を受けたのが記憶に残っています。

怖がらず、前に進む勇気はいつも持っていたいと改めて思いました。